第68号

安倍首相  -好き嫌いを超えたキイパーソン-

 

昨今の世界勢力地図の変化に対応する国防の新方向(新安保)についての賛否両論が盛んだが、議論というより かつて<旧安保>をめぐる学生運動家の乱闘を議員が再現し、その光景がTVを通じ内外に報道され 大いに国の品位を下げてくれた。見苦しい限りであり、恥を忘れた昨今の日本人を代表する選良(選悪)とは思える。東北大震災の折りの一般市民の秩序だった行動が外国から賞賛されたのと良い対比である。

マスコミや週刊誌の記事,主張に内容が空虚且つ扇情的なのは常の通りであるが、一国の首相に対する礼節を欠く文面はゴロツキのケンカ並みであり、同じく学者先生の専門分野からの重箱の隅をつつく議論に至っては名誉教授,教授の肩書に誰も信を置く人がいなくなるだろうと懸念される。反対意見なのか解らないだけなのか、見分ける必要もある。これからは一律に教授と呼ばないで1等から5等位にランクづけしてもらいたいものだ。

さてテーマである<安倍首相>のことだが、人による好き嫌いは常の事であり人気の上下もあるだろう。しかしこの人物が戦後代々総理を出してきた一族の人であることは重要なことと思う。(歌舞伎の名門もそうだ)
日本が連携すべき国と云えば矢張りアメリカだろう。
かつてソ連,中国,北朝鮮などをユートピアであるかのように熱烈支持した政党や学者,学生運動家は現実に次々と裏切られて <山が動いた>と意気盛んだった政党に至っては限りなくゼロに近い有志レベルの存在となった。
見通しの利かない偏向思想に同調して北朝鮮に帰国した人たちの運命を考えると、その責任を追及したい。そうなると戦後から続けて保守本流を代表したこの家系は米国を中心とする先進諸国の指導層に広範囲の人脈を築き、いつでもコンタクトが出来る 我が国にとっても貴重なファミリーである。(かつて中国国民党の宗一族はアメリカとのコネで日中戦争にアメリカの協力を得た)
国家間の交渉事も結局は人脈と自在な交流がベースとなる民主党は二流,三流の人物が次々と首相を務めたが、世界有数の経済国<日本>を背景にしながら同盟国アメリカのトップとまともに会うことも出来ず、相手にもされなかった事は記憶に新しい。この人物はその後 自国の過去の罪をお詫びするということで他国でマスコミの前でひざまづいてみせるというパフォーマンスを演じるに至った道化者である。
一方お目に掛かったこともない安倍首相だが、歴代の先送りされた難題に次々と取組み 各国のトップと交流し、海外を飛び回る行動力にはマジメさとリーダーとしての覚悟を感じる。自国トップの評価をセンチメントな側面から攻撃してやまない朝日,毎日などの編集部は一度ソウル,北京に移住してその国のトップを徹底批判してスルドサを見せて欲しい。恐らく産経の記者が受けたレベルでは済まない処置がとられるだろう。
要するに自分を安全な所において遠吠えしているに過ぎない弱い犬なのだ。戦前の被害を求償して止まないカンコクの例にならって自国民を扇情的にあおり立て軍部を賛美し続けたマスコミにも繰り返し過去の罪を謝罪して欲しいものだ。その報道のデタラメさは戦前の新聞縮刷版を見ればよく解る。

結論として、政党は人前に出せる人を<トップ>として選んで欲しいし、マスコミは世論でなく与論を起こして欲しい。


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